會津八一の展覧会
2010年09月28日
娘が今日(日付変わったが)、2歳になった。
早いような、長かったような、1年だった。
近頃は口に出す言葉も増えて、
会話もたくさん成り立つようになった。
小生意気な事も言うようになったが、
親としては嬉しい限りだ。
さて少し前になるが、9月の3連休、最初の土曜日には
一人で東京・日本橋の三井記念美術館に赴いた。
平城遷都1300年記念特別展「奈良の古寺と仏像~
會津八一のうたにのせて」を観に行くためだ。

會津八一の事は名前くらいしか知らなかったが、
夏前にNHK BSの番組で取り上げられたことで
詳しく知りたいと思うようになっていた。
なかでも八一の教え子が、八一の目を
「東大寺・戒壇堂の広目天のまなざし」のようだと
語ったことに、私の心は強く動かされていた。
戒壇堂には昨年のGWに初めて訪れたが、
多くの人が魅せられるように、私も妻も広目天の瞳に釘付けになった。
あの、見る者の心を鋭く射抜く視線。
写真家の入江泰吉先生も、初めて広目天を撮影したとき、
「心を見透かされたような気がした」と語ったそうだ。
入江先生が撮影した八一の顔は
確かに広目天のような鋭さが表れている。
そんな八一のうたと、メジャー級ではないが
存在感のある仏たちを合わせて展示するという、
ちょっと通好みの企画に心が踊らないはずはない。

話が随分それてしまったが、展覧会は想像以上に満足のいくものだった。
仏像では、岡寺の菩薩半跏像、東大寺・真言院の四天王立像、
西大寺の塔本四仏像、
そして法隆寺の夢違観音こと観音菩薩立像などなど、
ガラスケースの中にあっても、
千年以上存在しているのだと実感できる、
そして魂がそこに確かに宿っていると信じられる、
魅力的な仏像たちが、これでもかと展示されていた。
仏像以外では、法隆寺金堂天蓋天人のやさしい御顔に
足がしばらく動かなかった。
そして八一のうた。
気に入ったのは、次の2首だ。
東大寺・四天王の横に掲示されていた、
おほらかに もろてのゆびをひらかせて
おほき ほとけは あまたらしたり
(大きくゆったりと両手の指をお開きになって、
大仏様はこの宇宙に広く満ち広がっておられる。
まるで宇宙そのもののように)
八一が病に伏せっていたときに詠んだ、
みほとけの あまねきみての ひとつさへ
わが まくらべに たれさせたまへ
(み仏の沢山あるその手の一つだけでも
病に伏す私の枕辺に垂れて病を治してください)
八一のうたは分かりやすいのがいい。
そして仏像を眺めながら、うたを詠んでみると
いっそう仏像と心が通い合うような気がして
穏やかな気持ちにもなれた。

東京での展示は3連休を最後に終了したが
奈良では県立美術館で12月19日まで開かれている。
是非行ってみて欲しい。
これは、本当におすすめだ。
奈良の古寺と仏像~會津八一のうたにのせて(奈良展)
早いような、長かったような、1年だった。
近頃は口に出す言葉も増えて、
会話もたくさん成り立つようになった。
小生意気な事も言うようになったが、
親としては嬉しい限りだ。
さて少し前になるが、9月の3連休、最初の土曜日には
一人で東京・日本橋の三井記念美術館に赴いた。
平城遷都1300年記念特別展「奈良の古寺と仏像~
會津八一のうたにのせて」を観に行くためだ。

會津八一の事は名前くらいしか知らなかったが、
夏前にNHK BSの番組で取り上げられたことで
詳しく知りたいと思うようになっていた。
なかでも八一の教え子が、八一の目を
「東大寺・戒壇堂の広目天のまなざし」のようだと
語ったことに、私の心は強く動かされていた。
戒壇堂には昨年のGWに初めて訪れたが、
多くの人が魅せられるように、私も妻も広目天の瞳に釘付けになった。
あの、見る者の心を鋭く射抜く視線。
写真家の入江泰吉先生も、初めて広目天を撮影したとき、
「心を見透かされたような気がした」と語ったそうだ。
入江先生が撮影した八一の顔は
確かに広目天のような鋭さが表れている。
そんな八一のうたと、メジャー級ではないが
存在感のある仏たちを合わせて展示するという、
ちょっと通好みの企画に心が踊らないはずはない。

話が随分それてしまったが、展覧会は想像以上に満足のいくものだった。
仏像では、岡寺の菩薩半跏像、東大寺・真言院の四天王立像、
西大寺の塔本四仏像、
そして法隆寺の夢違観音こと観音菩薩立像などなど、
ガラスケースの中にあっても、
千年以上存在しているのだと実感できる、
そして魂がそこに確かに宿っていると信じられる、
魅力的な仏像たちが、これでもかと展示されていた。
仏像以外では、法隆寺金堂天蓋天人のやさしい御顔に
足がしばらく動かなかった。
そして八一のうた。
気に入ったのは、次の2首だ。
東大寺・四天王の横に掲示されていた、
おほらかに もろてのゆびをひらかせて
おほき ほとけは あまたらしたり
(大きくゆったりと両手の指をお開きになって、
大仏様はこの宇宙に広く満ち広がっておられる。
まるで宇宙そのもののように)
八一が病に伏せっていたときに詠んだ、
みほとけの あまねきみての ひとつさへ
わが まくらべに たれさせたまへ
(み仏の沢山あるその手の一つだけでも
病に伏す私の枕辺に垂れて病を治してください)
八一のうたは分かりやすいのがいい。
そして仏像を眺めながら、うたを詠んでみると
いっそう仏像と心が通い合うような気がして
穏やかな気持ちにもなれた。

東京での展示は3連休を最後に終了したが
奈良では県立美術館で12月19日まで開かれている。
是非行ってみて欲しい。
これは、本当におすすめだ。
奈良の古寺と仏像~會津八一のうたにのせて(奈良展)
多剤耐性アシネトバクター
2010年09月09日
いま世間を騒がしている「多剤耐性アシネトバクター」による
死者が歩いて10分ほどの病院で出た。
患者8名、死者4名、5月時点で既に5名が感染していたらしい。
帰り道にある病院で、しょっちゅう前を通っていたので、非常に驚いた。
そもそもアシネトバクターとは何なのか調べてみた。
日本感染症学会のHPから引用すると、
院内環境を含め、アシネトバクターは
広く自然界に存在する細菌です。特に院内の床などの環境から
高率に分離されることが知られています。
ただし、そのほとんどは抗菌薬に感受性を示すアシネトバクターです。
(中略)
珍しく乾燥した環境で長期間生存できることが知られています。
(中略)
各種感染症の原因となることが報告されております。
(中略)
ただし、健常人に感染を起こすことは稀であり、
その多くは日和見感染症として発症します。
(中略)
多剤耐性アシネトバクター感染症が発症した場合には、
宿主の易感染性とも相まって、高い死亡率を示すことが知られています。
(中略)
多剤耐性アシネトバクターに対して抗菌活性が
強い薬剤としてコリスチンとチゲサイクリンが
知られていますが、両剤とも現在日本では承認されていません。
(中略)
基本的に、アルコール消毒などの通常の消毒剤が本菌の殺菌に有効です。
ということだ。健康な人には感染しないようだが、気をつけるに越したことはない。
手洗い・うがいはいつも以上にしっかり行うようにしよう。

新型インフルエンザ、口蹄疫、そして多剤耐性アシネトバクターと、
ここ最近、感染症のニュースが目立っている。
未知のウイルスが現れるのは開発による自然破壊が一因だという説もあるが
本当のところはどうなのだろうか。
お隣の中国あたりで大規模な開発が始まったら
色々なウイルスがわらわら出てきたりするのだろうか。
問題の病院では、院内感染を否定しているが
5月の時点で多数の感染者が出ているにも関わらず
都には報告しなかったらしい。
未知のウイルスと闘うのは、人類の宿命なのかもしれないが、
病院や国が対策を取らない、情報を流さないことで
死んだりしてしまうのは、たまったものじゃないと思う。
厚労省は薬剤の備蓄などの対策は取るつもりなのだろうか。
とにかく我が家だけでも衛生対策を強化するか!と
はりきって100円ローソンでアルコールジェルを買って帰った。
では、早速…ん?…ポンプが壊れて出ない?……。
こんなオチが待ってようとは……。
我が家の衛生対策は早くも壁にぶつかったのだった。
死者が歩いて10分ほどの病院で出た。
患者8名、死者4名、5月時点で既に5名が感染していたらしい。
帰り道にある病院で、しょっちゅう前を通っていたので、非常に驚いた。
そもそもアシネトバクターとは何なのか調べてみた。
日本感染症学会のHPから引用すると、
院内環境を含め、アシネトバクターは
広く自然界に存在する細菌です。特に院内の床などの環境から
高率に分離されることが知られています。
ただし、そのほとんどは抗菌薬に感受性を示すアシネトバクターです。
(中略)
珍しく乾燥した環境で長期間生存できることが知られています。
(中略)
各種感染症の原因となることが報告されております。
(中略)
ただし、健常人に感染を起こすことは稀であり、
その多くは日和見感染症として発症します。
(中略)
多剤耐性アシネトバクター感染症が発症した場合には、
宿主の易感染性とも相まって、高い死亡率を示すことが知られています。
(中略)
多剤耐性アシネトバクターに対して抗菌活性が
強い薬剤としてコリスチンとチゲサイクリンが
知られていますが、両剤とも現在日本では承認されていません。
(中略)
基本的に、アルコール消毒などの通常の消毒剤が本菌の殺菌に有効です。
ということだ。健康な人には感染しないようだが、気をつけるに越したことはない。
手洗い・うがいはいつも以上にしっかり行うようにしよう。
新型インフルエンザ、口蹄疫、そして多剤耐性アシネトバクターと、
ここ最近、感染症のニュースが目立っている。
未知のウイルスが現れるのは開発による自然破壊が一因だという説もあるが
本当のところはどうなのだろうか。
お隣の中国あたりで大規模な開発が始まったら
色々なウイルスがわらわら出てきたりするのだろうか。
問題の病院では、院内感染を否定しているが
5月の時点で多数の感染者が出ているにも関わらず
都には報告しなかったらしい。
未知のウイルスと闘うのは、人類の宿命なのかもしれないが、
病院や国が対策を取らない、情報を流さないことで
死んだりしてしまうのは、たまったものじゃないと思う。
厚労省は薬剤の備蓄などの対策は取るつもりなのだろうか。
とにかく我が家だけでも衛生対策を強化するか!と
はりきって100円ローソンでアルコールジェルを買って帰った。
では、早速…ん?…ポンプが壊れて出ない?……。
こんなオチが待ってようとは……。
我が家の衛生対策は早くも壁にぶつかったのだった。
寝倒れパパと眠らない娘
2010年09月08日
奈良県人は「早く家に帰って寝たい」といつも思っている。
47都道府県別・県民性大図鑑(プレジデント別冊)によると、
その脳内は8割が「家」、1割が「眠」、1割が「金」らしい。
これは、そのまま私の頭に一致するから、笑える。

子供の頃はとにかく寝てばかりいる子だった。
休みになったら昼近くまで寝るのは当たり前。
いちばんひどかったのは大学の頃で、
午後まわってから起き、学校に行って1~2つ授業に出て、
部活をして、晩御飯を学食で食べて、
家に帰ったら深夜までTVを見て、といった
ぐーたら生活を極めていた。
部活以外の友人には、あまりに顔を出さないものだから
大学を辞めたものだと思われていた。
よく、まあ卒業できたものだ。

というわけで、40歳を超えた今でも、
自分の中で睡眠は非常に重要な位置を占めている。
決してたっぷり寝ているわけではないが、
思うように眠れないと、かなりストレスになるので、
旅行以外で外泊するのは基本的には好きではない。
(仕事で会社泊りなんて、不機嫌の極みに達する)
一方、最近我が家の悩みだねが、
もうすぐ2歳になる娘がなかなか寝てくれないことだ。
昼間思いっきり遊ばせても、昼寝はしないわ、
夜中まで目はギンギン、朝は親より早起きだ。
あまりに眠らないときは、寝倒れパパ自ら、
抱っこして静かな夜の街を
童謡を歌いながら散歩したりする。
当然、睡眠時間を減らされるわけだが、
腹をたてたりはしない。
娘にはどうしようもなく甘いのだ、これが。

なんでこんなに寝ないのか、ちょっと心配でもあるが、
幼稚園にあがる頃には直るだろうと
焦らないで楽観視している。
それにパパは寝倒れでも、娘は東京生まれである。
その頭の中は?…ん???
「プライド」「趣」「働」???
うーん……。
47都道府県別・県民性大図鑑(プレジデント別冊)によると、
その脳内は8割が「家」、1割が「眠」、1割が「金」らしい。
これは、そのまま私の頭に一致するから、笑える。
子供の頃はとにかく寝てばかりいる子だった。
休みになったら昼近くまで寝るのは当たり前。
いちばんひどかったのは大学の頃で、
午後まわってから起き、学校に行って1~2つ授業に出て、
部活をして、晩御飯を学食で食べて、
家に帰ったら深夜までTVを見て、といった
ぐーたら生活を極めていた。
部活以外の友人には、あまりに顔を出さないものだから
大学を辞めたものだと思われていた。
よく、まあ卒業できたものだ。
というわけで、40歳を超えた今でも、
自分の中で睡眠は非常に重要な位置を占めている。
決してたっぷり寝ているわけではないが、
思うように眠れないと、かなりストレスになるので、
旅行以外で外泊するのは基本的には好きではない。
(仕事で会社泊りなんて、不機嫌の極みに達する)
一方、最近我が家の悩みだねが、
もうすぐ2歳になる娘がなかなか寝てくれないことだ。
昼間思いっきり遊ばせても、昼寝はしないわ、
夜中まで目はギンギン、朝は親より早起きだ。
あまりに眠らないときは、寝倒れパパ自ら、
抱っこして静かな夜の街を
童謡を歌いながら散歩したりする。
当然、睡眠時間を減らされるわけだが、
腹をたてたりはしない。
娘にはどうしようもなく甘いのだ、これが。
なんでこんなに寝ないのか、ちょっと心配でもあるが、
幼稚園にあがる頃には直るだろうと
焦らないで楽観視している。
それにパパは寝倒れでも、娘は東京生まれである。
その頭の中は?…ん???
「プライド」「趣」「働」???
うーん……。
40男のお洒落とは
2010年09月07日
お洒落には興味がないわけではないが、
洋服はほとんどユニクロで済ませている。
家のすぐそばに関東で最大級の
ユニクロがあることも影響しているが、
貧乏性なのである。いずれは傷んで捨てることになる
洋服や靴に金をかけたいと思わないのだ。

仕事のための情報収集に
約15年ぶりくらいだろうか
男性ファッション誌を買ってみた。
雑誌に出ている洋服は、
やはりいずれもカッコよく見える。
ただし、センスもワンランク上だが、
値段もワンランク上だ。
しかも予算以上に
どうにもならないことがある。
それは最近の洋服が、サイズが小さい、
つまりスマートな人を基準にして
作られているという点だ。
贅肉もワンランク上の私は、
外側の前に内側(皮下脂肪)を
なんとかしなくてはならない。
う~ん……お洒落の話なのに、オチがつかないな…。
ああ、もう1時だ。とりあえず眠りにオチるとしよう。
洋服はほとんどユニクロで済ませている。
家のすぐそばに関東で最大級の
ユニクロがあることも影響しているが、
貧乏性なのである。いずれは傷んで捨てることになる
洋服や靴に金をかけたいと思わないのだ。
仕事のための情報収集に
約15年ぶりくらいだろうか
男性ファッション誌を買ってみた。
雑誌に出ている洋服は、
やはりいずれもカッコよく見える。
ただし、センスもワンランク上だが、
値段もワンランク上だ。
しかも予算以上に
どうにもならないことがある。
それは最近の洋服が、サイズが小さい、
つまりスマートな人を基準にして
作られているという点だ。
贅肉もワンランク上の私は、
外側の前に内側(皮下脂肪)を
なんとかしなくてはならない。
う~ん……お洒落の話なのに、オチがつかないな…。
ああ、もう1時だ。とりあえず眠りにオチるとしよう。
ハワイめし 大盛り
2010年09月06日
今日は下北沢にある、“Tsunami”という
ハワイアンレストランに家族で行った。
なぜハワイかというと、妻が大のハワイ好きだからである。
特別な記念日ということでもないが、
そのような店はさぞかし喜ぶだろうと思いつき、
1週間ほど前にネットで探してみたのだった。
「こんな店があるのを知ってるかい?」と
得意気に話してみたら、
「オープンしたときに、何度か話したよ」と返された。
……まったく…いいとこなしである…。
人の話をちゃんと聞いていないのは悪い癖だ。

妻は若い頃スキューバダイビングをやっていて、
ハワイが好きになったらしい。
詳しくは知らないがこれまでに何度も訪れているようだ。
結婚したら一緒にハワイに行きたいと言われ、
数年のうちに行こうと返事したが、
その約束は未だ果していない。(新婚旅行はオーストラリアだった)
とりあえず今は下北沢のハワイで我慢してもらう。

私はハワイに行ったことはない。
ただ、海のない奈良に育ったからだろうか、
南の島にはとても憧れる。
ヨーロッパの街並みや、
ニューヨーク、ロスなどの都会も素敵に思えるが、
自分の中では南国リゾートの方が上だ。
おそらく外国に来たという感じが強いからだろう。
お金持ちになれるのなら、東京・奈良・ハワイの3拠点に
仕事と生活拠点を持ち、行き来しながら
暮らせることができたら、夢のようだ。

さて、肝心のレストランだが、
まずドリンクには、僕がレッドアイ、
妻はブルーハワイのようなソフトドリンクを注文。
娘にはハイビスカスの飾りがついた
ミニ・パイナップルジュースをサービスしてくれた。
料理は僕がロコモコ、妻はオムレツカレー、
さらにフライドポテトにサワークリームと
甘いソースが添えられたジャワイアンポテトという
人気メニューを選んだ。

カレーは甘口の大盛りにしてもらった。
娘に分け与えるためだ。
しかし、これが誤算で娘はポテトばかりをむさぼり食い、
カレーはお気に召さなかった。
店員が「うちは結構ボリュームありますが、大丈夫ですか?」と
心配するのを、「大丈夫、大丈夫」と注文したのだが、
これが本当に大盛りで、何とか食べきったが、
確実にまた体重が増えてしまった。

結局、料理には満足だったが、
我ら夫婦は大はしゃぎの娘を落ち着かせるのに精一杯で
ハワイ気分どころではなかった。
アロハな気分に浸りたいなら、
やはり本物に行くしかないようだ。
■ハワイアンレストラン Tsunami WEB サイト
ハワイアンレストランに家族で行った。
なぜハワイかというと、妻が大のハワイ好きだからである。
特別な記念日ということでもないが、
そのような店はさぞかし喜ぶだろうと思いつき、
1週間ほど前にネットで探してみたのだった。
「こんな店があるのを知ってるかい?」と
得意気に話してみたら、
「オープンしたときに、何度か話したよ」と返された。
……まったく…いいとこなしである…。
人の話をちゃんと聞いていないのは悪い癖だ。
妻は若い頃スキューバダイビングをやっていて、
ハワイが好きになったらしい。
詳しくは知らないがこれまでに何度も訪れているようだ。
結婚したら一緒にハワイに行きたいと言われ、
数年のうちに行こうと返事したが、
その約束は未だ果していない。(新婚旅行はオーストラリアだった)
とりあえず今は下北沢のハワイで我慢してもらう。
私はハワイに行ったことはない。
ただ、海のない奈良に育ったからだろうか、
南の島にはとても憧れる。
ヨーロッパの街並みや、
ニューヨーク、ロスなどの都会も素敵に思えるが、
自分の中では南国リゾートの方が上だ。
おそらく外国に来たという感じが強いからだろう。
お金持ちになれるのなら、東京・奈良・ハワイの3拠点に
仕事と生活拠点を持ち、行き来しながら
暮らせることができたら、夢のようだ。
さて、肝心のレストランだが、
まずドリンクには、僕がレッドアイ、
妻はブルーハワイのようなソフトドリンクを注文。
娘にはハイビスカスの飾りがついた
ミニ・パイナップルジュースをサービスしてくれた。
料理は僕がロコモコ、妻はオムレツカレー、
さらにフライドポテトにサワークリームと
甘いソースが添えられたジャワイアンポテトという
人気メニューを選んだ。
カレーは甘口の大盛りにしてもらった。
娘に分け与えるためだ。
しかし、これが誤算で娘はポテトばかりをむさぼり食い、
カレーはお気に召さなかった。
店員が「うちは結構ボリュームありますが、大丈夫ですか?」と
心配するのを、「大丈夫、大丈夫」と注文したのだが、
これが本当に大盛りで、何とか食べきったが、
確実にまた体重が増えてしまった。
結局、料理には満足だったが、
我ら夫婦は大はしゃぎの娘を落ち着かせるのに精一杯で
ハワイ気分どころではなかった。
アロハな気分に浸りたいなら、
やはり本物に行くしかないようだ。
■ハワイアンレストラン Tsunami WEB サイト
聴き続ける歌
2010年09月05日
少し前、新垣結衣が出ていたソニー・ウォークマンのCMに、
「10代で聞いた歌を人は一生口ずさむ」というコピーがあった。
本当にその通りで、今も中学・高校・大学の頃に聴いた、
邦楽・洋楽の数々をYou Tubeなどで聴き続けている。
(今も聴きながらこの文章を書いている)
40歳にもなると新しい歌を覚える気にもならないので、
いっそう昔の歌ばかりになる。最近覚えた歌と言えば、
もうすぐ2歳になる娘のおかげで童謡ばかりだ。
(最近の童謡は結構よく出来ていて馬鹿にできないが)
中学生のとき、すごく好きだった
ニューミュージック(死語)バンドが、奈良にコンサートにやってきた。
そのとき同じくそのバンドが好きだったクラスメートが
驚くべき提案を持ちかけてきた。
コンサートが行われるホールに、親戚のおじさんが務めているから、
タダで会場に入れてもらえるというのだ。
半信半疑だったがコンサート当日友人についていくと
そのおじさんが現れ、ホールの裏側あたりにある
電気室のようなところに連れていかれた。
隣にはバンドの楽屋があり、開演直前の音合わせなどをしていた。
28年前の出来事なので、もう記憶ははっきりしないが、
ホールに務めているおじさんは、
その電気室のようなところに一緒にいて、
かすかに聞こえてくるコンサートの音を聴けと言った。
しかし僕らはそんなことでは納得しない。
大丈夫、大丈夫と、こともあろうに楽屋、舞台袖を抜け、
コンサートホールの客席に忍びこんだ。
馬鹿な中学生である。開始後1曲目にして、
全席指定であるのに、うすぐらい通路に隠れている子供は
スタッフに捕まり、こっぴどく怒られ、ロビーに連れ出された。
僕らの供述を聞いて、スタッフの責任者は、
コンサート主催者として当然ホールに
抗議しなくてはならないと言った。
そのときになって、僕は友人のおじさんに申し訳なく思い、
もう二度とこんなことはしないし、
駄目だと言われたのに僕らが勝手に忍び込んだのだと、
おじさんに迷惑がかからないよう懸命にあやまり続けた。
スタッフが許してくれたので、
しょんぼりとホールの外に出たら、ダフ屋が近づいてきて、
もう残ったチケットは売れないから安くしてやると、
たしか1000円くらい安くチケットを譲ってくれた。
再びホールに戻った僕の席は、正面前から2列目だった。
(友人は2階席だった)
友人のおじさんにはその後会うことはなかったが、
ちゃんとお詫びするべきだったと反省している。
コンサートスタッフは、僕らには許してやると言ったが、
きっとコンサートの後、主催者として
何らかのクレームを入れないはずはない。
取り返しのつかないことをしてしまったと思う。
そのバンドは4年ほど前に長い長い活動に終止符を打ったが、
今でも大好きで聴き続けている。
歌が忘れられないように、友人のおじさんに
悪かったなあという思いも、心の中で生き続けている。
「10代で聞いた歌を人は一生口ずさむ」というコピーがあった。
本当にその通りで、今も中学・高校・大学の頃に聴いた、
邦楽・洋楽の数々をYou Tubeなどで聴き続けている。
(今も聴きながらこの文章を書いている)
40歳にもなると新しい歌を覚える気にもならないので、
いっそう昔の歌ばかりになる。最近覚えた歌と言えば、
もうすぐ2歳になる娘のおかげで童謡ばかりだ。
(最近の童謡は結構よく出来ていて馬鹿にできないが)
中学生のとき、すごく好きだった
ニューミュージック(死語)バンドが、奈良にコンサートにやってきた。
そのとき同じくそのバンドが好きだったクラスメートが
驚くべき提案を持ちかけてきた。
コンサートが行われるホールに、親戚のおじさんが務めているから、
タダで会場に入れてもらえるというのだ。
半信半疑だったがコンサート当日友人についていくと
そのおじさんが現れ、ホールの裏側あたりにある
電気室のようなところに連れていかれた。
隣にはバンドの楽屋があり、開演直前の音合わせなどをしていた。
28年前の出来事なので、もう記憶ははっきりしないが、
ホールに務めているおじさんは、
その電気室のようなところに一緒にいて、
かすかに聞こえてくるコンサートの音を聴けと言った。
しかし僕らはそんなことでは納得しない。
大丈夫、大丈夫と、こともあろうに楽屋、舞台袖を抜け、
コンサートホールの客席に忍びこんだ。
馬鹿な中学生である。開始後1曲目にして、
全席指定であるのに、うすぐらい通路に隠れている子供は
スタッフに捕まり、こっぴどく怒られ、ロビーに連れ出された。
僕らの供述を聞いて、スタッフの責任者は、
コンサート主催者として当然ホールに
抗議しなくてはならないと言った。
そのときになって、僕は友人のおじさんに申し訳なく思い、
もう二度とこんなことはしないし、
駄目だと言われたのに僕らが勝手に忍び込んだのだと、
おじさんに迷惑がかからないよう懸命にあやまり続けた。
スタッフが許してくれたので、
しょんぼりとホールの外に出たら、ダフ屋が近づいてきて、
もう残ったチケットは売れないから安くしてやると、
たしか1000円くらい安くチケットを譲ってくれた。
再びホールに戻った僕の席は、正面前から2列目だった。
(友人は2階席だった)
友人のおじさんにはその後会うことはなかったが、
ちゃんとお詫びするべきだったと反省している。
コンサートスタッフは、僕らには許してやると言ったが、
きっとコンサートの後、主催者として
何らかのクレームを入れないはずはない。
取り返しのつかないことをしてしまったと思う。
そのバンドは4年ほど前に長い長い活動に終止符を打ったが、
今でも大好きで聴き続けている。
歌が忘れられないように、友人のおじさんに
悪かったなあという思いも、心の中で生き続けている。
故郷のかほり
2010年09月04日
奈良国立博物館の地下にある
ミュージアムショップでしか手に入らない。
そんなお香があるのをご存じだろうか。
その名も「天平のかほり」と「天平のさくら」。
有名なお香メーカーの製品らしいが、
これがいかにも奈良らしい香りなのである。

どのように奈良らしいかと言うと、
昔ながらのお香、つまり、お寺で出会うような
香りと言えばわかりやすいだろうか。
お香も最近は、フルーティなものやスパイシーなものなど、
バラエティ豊かになっているが、
こいつはお香の王道、直球ど真ん中といった感じである。
しかし、奈良生まれだからだろうか、
私にとってはとてもリラックスできる香りだ。
お風呂に入るときなど、隣の脱衣所で焚き、
扉からほのかに漂ってくる香りに包まれながら、
のんびり湯船につかると、心身ともに癒される。
特に考え事をゆっくりしたいときなど、
心を落ち着かせ、頭を明瞭にしてくれる。

奈良で生まれたとはいえ、
子供の頃から寺めぐりをしていたわけではないし、
親はクリスチャンなので仏壇もない。
それなのにお香の香りや、
お寺や神社の凛とした空気がとても好きだ。
最近始まったことではなく、
昔から自分にとても合っていた気がする。
このような好みはどこから形成されるのだろうか?
自己の経験で作りだされる何かではなく、
遠い祖先(もしくは前世?)から
何かを受け継いでいるのだろうか?などと、
明瞭になった頭は様々な想像を巡らす。
奈良でしか買えないので少なくなってきたら、
帰省した折に博物館まで行って
買って帰ることにしている。
東京にいながらにして、故郷にいるような感覚を呼び覚まし、
思索の旅へと連れていってくれる。
我が家(というか私)の必須アイテムのひとつだ。
ミュージアムショップでしか手に入らない。
そんなお香があるのをご存じだろうか。
その名も「天平のかほり」と「天平のさくら」。
有名なお香メーカーの製品らしいが、
これがいかにも奈良らしい香りなのである。
どのように奈良らしいかと言うと、
昔ながらのお香、つまり、お寺で出会うような
香りと言えばわかりやすいだろうか。
お香も最近は、フルーティなものやスパイシーなものなど、
バラエティ豊かになっているが、
こいつはお香の王道、直球ど真ん中といった感じである。
しかし、奈良生まれだからだろうか、
私にとってはとてもリラックスできる香りだ。
お風呂に入るときなど、隣の脱衣所で焚き、
扉からほのかに漂ってくる香りに包まれながら、
のんびり湯船につかると、心身ともに癒される。
特に考え事をゆっくりしたいときなど、
心を落ち着かせ、頭を明瞭にしてくれる。
奈良で生まれたとはいえ、
子供の頃から寺めぐりをしていたわけではないし、
親はクリスチャンなので仏壇もない。
それなのにお香の香りや、
お寺や神社の凛とした空気がとても好きだ。
最近始まったことではなく、
昔から自分にとても合っていた気がする。
このような好みはどこから形成されるのだろうか?
自己の経験で作りだされる何かではなく、
遠い祖先(もしくは前世?)から
何かを受け継いでいるのだろうか?などと、
明瞭になった頭は様々な想像を巡らす。
奈良でしか買えないので少なくなってきたら、
帰省した折に博物館まで行って
買って帰ることにしている。
東京にいながらにして、故郷にいるような感覚を呼び覚まし、
思索の旅へと連れていってくれる。
我が家(というか私)の必須アイテムのひとつだ。
基本はまず東大寺
2010年09月03日
今日、仕事帰りに四谷の駅看板で、
10月より東京国立博物館で、光明皇后1250年御遠忌記念
特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」という
展覧会が行われると知った。
東京国立博物館HP
国宝の誕生釈迦仏立像や、金銅八角灯篭、重源上人坐像、
僧形八幡神坐像などが展示されるらしく、
奈良検定の勉強にもってこいだ。
大仏はさすが持ってこれないので、
高さ約7メートル、幅約8.5メートルの大画面に
バーチャルで映し出すらしい。
奈良時代に創建された大仏殿の外観と
当時の夜空も再現されるらしく、そいつは楽しみだ。

東大寺は面白い。
奈良に生まれ、住んでいる人の多くは、
大仏殿と二月堂、正倉院くらいしか
見てないという人も多いのではないだろうか。
私も法華堂や戒壇院に入ったのは
つい数年前のことで、数々の仏像に美しさに
すっかり魅せられてしまった。
有名なお水取り以外にも様々な
行事も行われているようで、
東大寺HPにアクセスすれば知ることができる。

東大寺HP
9月中旬にはなんと二月堂で「十七夜盆踊り」なる
盆踊りも開催されるらしい。
(なぜか河内音頭らしい。。)
長老による無料の講演会などもあるらしく
年中何らか楽しめるのだ。
というわけで、奈良の基本はやはり東大寺だ。
奈良生まれも、余所の人も、
東大寺を深く知ることから、
奈良を楽しんでみてはどうだろう。
まほろば検定のための東大寺メモ
■なぜ建てられたか
聖武天皇が幼くして夭折した
皇太子・基親王(もといのみこ)の菩提を弔うために
建立した金鐘寺(きんしょうじ)が源となっている。
741年の国分寺・国分尼寺建立の詔とともに、
金光明寺にあてられ、国家鎮護の官寺となる。
この寺を前身とするため、
別名・金光明四天王護国之寺ともいう(らしい)。
■いつできたか
743年、紫香楽宮で盧舎那大仏造顕の詔を発したが頓挫し、
745年、平城京にて大仏の鋳造を再開、
752年、開眼供養会が行われた。
754年には鑑真和上が聖武天皇をはじめ、440人あまりに受戒を行う。
■何度も燃える・つぶれる
855年、地震で頭が落ちる。講堂や南大門などが焼失・倒壊。
その後も、平重衡(しげひら)による南都焼き討ちにより
法華堂、二月堂、正倉院などを残し伽藍の大半が焼失。
1567年には松永弾正により大仏殿焼失。
現在の大仏殿は江戸時代に再建されたもの。
■どんな仏像があるか
大仏(盧舎那仏坐像)、法華堂の不空羂索観音立像、
四天王立像、梵天・帝釈天立像、日光・月光菩薩立像、
執金剛神立像、戒壇院の四天王像、南大門の金剛力士像などなど。
■国宝ラッシュ
上記の仏像以外にも、南大門、京都の方広寺に次ぐ大きさの鐘楼、
開山堂、二月堂、正倉院、金銅八角燈籠など、国宝だらけ。
10月より東京国立博物館で、光明皇后1250年御遠忌記念
特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」という
展覧会が行われると知った。
東京国立博物館HP
国宝の誕生釈迦仏立像や、金銅八角灯篭、重源上人坐像、
僧形八幡神坐像などが展示されるらしく、
奈良検定の勉強にもってこいだ。
大仏はさすが持ってこれないので、
高さ約7メートル、幅約8.5メートルの大画面に
バーチャルで映し出すらしい。
奈良時代に創建された大仏殿の外観と
当時の夜空も再現されるらしく、そいつは楽しみだ。
東大寺は面白い。
奈良に生まれ、住んでいる人の多くは、
大仏殿と二月堂、正倉院くらいしか
見てないという人も多いのではないだろうか。
私も法華堂や戒壇院に入ったのは
つい数年前のことで、数々の仏像に美しさに
すっかり魅せられてしまった。
有名なお水取り以外にも様々な
行事も行われているようで、
東大寺HPにアクセスすれば知ることができる。
東大寺HP
9月中旬にはなんと二月堂で「十七夜盆踊り」なる
盆踊りも開催されるらしい。
(なぜか河内音頭らしい。。)
長老による無料の講演会などもあるらしく
年中何らか楽しめるのだ。
というわけで、奈良の基本はやはり東大寺だ。
奈良生まれも、余所の人も、
東大寺を深く知ることから、
奈良を楽しんでみてはどうだろう。
まほろば検定のための東大寺メモ
■なぜ建てられたか
聖武天皇が幼くして夭折した
皇太子・基親王(もといのみこ)の菩提を弔うために
建立した金鐘寺(きんしょうじ)が源となっている。
741年の国分寺・国分尼寺建立の詔とともに、
金光明寺にあてられ、国家鎮護の官寺となる。
この寺を前身とするため、
別名・金光明四天王護国之寺ともいう(らしい)。
■いつできたか
743年、紫香楽宮で盧舎那大仏造顕の詔を発したが頓挫し、
745年、平城京にて大仏の鋳造を再開、
752年、開眼供養会が行われた。
754年には鑑真和上が聖武天皇をはじめ、440人あまりに受戒を行う。
■何度も燃える・つぶれる
855年、地震で頭が落ちる。講堂や南大門などが焼失・倒壊。
その後も、平重衡(しげひら)による南都焼き討ちにより
法華堂、二月堂、正倉院などを残し伽藍の大半が焼失。
1567年には松永弾正により大仏殿焼失。
現在の大仏殿は江戸時代に再建されたもの。
■どんな仏像があるか
大仏(盧舎那仏坐像)、法華堂の不空羂索観音立像、
四天王立像、梵天・帝釈天立像、日光・月光菩薩立像、
執金剛神立像、戒壇院の四天王像、南大門の金剛力士像などなど。
■国宝ラッシュ
上記の仏像以外にも、南大門、京都の方広寺に次ぐ大きさの鐘楼、
開山堂、二月堂、正倉院、金銅八角燈籠など、国宝だらけ。
奈良まほろば検定に向けて
2010年09月02日
そもそもこのブログは年明けに実施される
「奈良まほろば検定」の2級受験の勉強に活用するはずだったが、
元来の怠け者である。御盆を過ぎてやっと、
そろそろ勉強しなくてはと思い始めた。
今日から少しずつ公式テキストブックにそって、
勉強をしていこうと思う。

第1章の奈良の地勢と歴史は小難しいので
後で勉強するとして、
第2章の奈良の史跡と名所から取りかかろう。
まず神社・寺院・史跡・陵墓・古墳・自然というブロックがあり、
それぞれ奈良市・大和高原、生駒・斑鳩、大和郡山・磯城、
天理・桜井、宇陀、橿原・明日香、葛城、
五條・吉野に分けられ紹介されている。
奈良市・大和高原の神社では、
春日大社、手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)、
氷室神社、率川神社(いさがわじんじゃ)、
漢国神社(かんごうじんじゃ)、奈良豆比古神社(ならづひこじんじゃ)、
天乃石立神社(あめのいわちじんじゃ)、
都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)の8社が取り上げられている。
最初の4つは行ったことがあるが、
残り半分は読み方すら知らなかった。
名前と読み方を覚えればいいというわけではなく、
それぞれの神社の所在地、
由来や祀られている神様など、とにかく内容ぎっしりだ。
おまけに奈良・大和高原のブロックだけで
40ページはある。(テキスト全体では約340ページ)
うーん。。。。これは。。。。

検定は来年1月9日(日)、
申し込みは11月1日~30日までだ。
逆算すれば残すところ4カ月、
休みなしで1日3ページは頭に叩き込む必要がある。
2級でも合格率は35.1%らしい。
奈良まほろば検定、かなり手強いぞ。。。
これは効率のよい勉強法を考えないといけないな。
「奈良まほろば検定」の2級受験の勉強に活用するはずだったが、
元来の怠け者である。御盆を過ぎてやっと、
そろそろ勉強しなくてはと思い始めた。
今日から少しずつ公式テキストブックにそって、
勉強をしていこうと思う。
第1章の奈良の地勢と歴史は小難しいので
後で勉強するとして、
第2章の奈良の史跡と名所から取りかかろう。
まず神社・寺院・史跡・陵墓・古墳・自然というブロックがあり、
それぞれ奈良市・大和高原、生駒・斑鳩、大和郡山・磯城、
天理・桜井、宇陀、橿原・明日香、葛城、
五條・吉野に分けられ紹介されている。
奈良市・大和高原の神社では、
春日大社、手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)、
氷室神社、率川神社(いさがわじんじゃ)、
漢国神社(かんごうじんじゃ)、奈良豆比古神社(ならづひこじんじゃ)、
天乃石立神社(あめのいわちじんじゃ)、
都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)の8社が取り上げられている。
最初の4つは行ったことがあるが、
残り半分は読み方すら知らなかった。
名前と読み方を覚えればいいというわけではなく、
それぞれの神社の所在地、
由来や祀られている神様など、とにかく内容ぎっしりだ。
おまけに奈良・大和高原のブロックだけで
40ページはある。(テキスト全体では約340ページ)
うーん。。。。これは。。。。
検定は来年1月9日(日)、
申し込みは11月1日~30日までだ。
逆算すれば残すところ4カ月、
休みなしで1日3ページは頭に叩き込む必要がある。
2級でも合格率は35.1%らしい。
奈良まほろば検定、かなり手強いぞ。。。
これは効率のよい勉強法を考えないといけないな。
健脚な生活
2010年09月01日
何年か前にTV番組で、47都道府県別の
「ちょっとそこまで」の距離がどれくらいか、
比べてみるという企画があった。
記憶が正しければ、奈良は断トツ47位で距離が長く、
確か8キロを超えていたような覚えがある。
ちなみにいちばん短いのは鳥取のようである。
その番組で確認したわけではないが、
Googleで検索すると、そのような書き込みがあった。
奈良生まれのせいなのか、私は歩くのが苦にならない。
現在の住まいも駅から歩くと15分以上かかるし、
いつ来るか分からないバスを待つくらいなら歩くことを選ぶ。
(ここ最近は猛暑なので別だが)
奈良にいた頃も、しょっちゅう近鉄奈良駅から
実家のある東九条町まで歩いて帰っていた。
コースとしては、小西通りを下り、椿井小学校の前を抜け、
ならまち大通りに出たら右折し、やすらぎの道へと下り、
時折は「竹の館」でいっぱい飲んで、
市内循環のバス道路を八軒町で越え、
あとは細い道を岩井川にぶつかるまで歩き、
川にぶつかったら、川沿いに薄暗い道を
旧24号線に向かってもくもくと歩く。
おおよそ徒歩で35分、
Google Mapで調べたら2.8キロほどの行程らしい。

奈良だけでなく、大阪に出れば必ず御堂筋を
梅田から難波まで歩いて遊んだ。
上京して最初の会社で営業マンをしていた頃も
とにかく歩いて移動するので、
「なんで電車を使わないの?」と事務の女の子に
不思議な顔をされた。
交通費の請求が誰よりも少なかったからだ。
歩くメリットはいっぱいある。
当り前だが健康にいい。40歳を超えて飛んだり走ったりするのは
辛くなってきたというか、ほとんどできないが、
歩くことと、足腰の強さには自信がある。
また、歩くことで、色々な発見がある。
クルマや自転車で移動していたら見落としそうな
小さなお店や、小さな公園、洒落た住まいなどを
見つけられる。表札の名前を見ることで
その地域に多い名字もなんとなく掴むことができる。
幸いにも妻も私に負けないくらい
歩くのが好きなので、夫婦二人と娘を抱っこして
近隣を歩き回っている。
最寄駅から上下2駅は僕らにとって徒歩圏内だ。

奈良ほど歩いて発見の多いところもないだろう。
こっちに来る前に、もっと知らない道を
歩いておけばよかったと思う。
奈良にお住まいの方は、どうぞ思う存分
古都を歩き回ってほしい。
きっと知らなかった奈良に出会えるはずだ。
そしてダイエットにも効果的?なはずだ。
「ちょっとそこまで」の距離がどれくらいか、
比べてみるという企画があった。
記憶が正しければ、奈良は断トツ47位で距離が長く、
確か8キロを超えていたような覚えがある。
ちなみにいちばん短いのは鳥取のようである。
その番組で確認したわけではないが、
Googleで検索すると、そのような書き込みがあった。
奈良生まれのせいなのか、私は歩くのが苦にならない。
現在の住まいも駅から歩くと15分以上かかるし、
いつ来るか分からないバスを待つくらいなら歩くことを選ぶ。
(ここ最近は猛暑なので別だが)
奈良にいた頃も、しょっちゅう近鉄奈良駅から
実家のある東九条町まで歩いて帰っていた。
コースとしては、小西通りを下り、椿井小学校の前を抜け、
ならまち大通りに出たら右折し、やすらぎの道へと下り、
時折は「竹の館」でいっぱい飲んで、
市内循環のバス道路を八軒町で越え、
あとは細い道を岩井川にぶつかるまで歩き、
川にぶつかったら、川沿いに薄暗い道を
旧24号線に向かってもくもくと歩く。
おおよそ徒歩で35分、
Google Mapで調べたら2.8キロほどの行程らしい。

奈良だけでなく、大阪に出れば必ず御堂筋を
梅田から難波まで歩いて遊んだ。
上京して最初の会社で営業マンをしていた頃も
とにかく歩いて移動するので、
「なんで電車を使わないの?」と事務の女の子に
不思議な顔をされた。
交通費の請求が誰よりも少なかったからだ。
歩くメリットはいっぱいある。
当り前だが健康にいい。40歳を超えて飛んだり走ったりするのは
辛くなってきたというか、ほとんどできないが、
歩くことと、足腰の強さには自信がある。
また、歩くことで、色々な発見がある。
クルマや自転車で移動していたら見落としそうな
小さなお店や、小さな公園、洒落た住まいなどを
見つけられる。表札の名前を見ることで
その地域に多い名字もなんとなく掴むことができる。
幸いにも妻も私に負けないくらい
歩くのが好きなので、夫婦二人と娘を抱っこして
近隣を歩き回っている。
最寄駅から上下2駅は僕らにとって徒歩圏内だ。
奈良ほど歩いて発見の多いところもないだろう。
こっちに来る前に、もっと知らない道を
歩いておけばよかったと思う。
奈良にお住まいの方は、どうぞ思う存分
古都を歩き回ってほしい。
きっと知らなかった奈良に出会えるはずだ。
そしてダイエットにも効果的?なはずだ。
電車の広告
2010年08月30日
東京の電車の車内は広告がいっぱいだ。中吊り広告をはじめ、
網棚の上の車額広告、ドア横広告、ドアステッカーなど、
色々な場所に多種多様な宣伝文句が並んでいる。
ドアの上にモニタがついた車両も増えてきて、
TVと同じCMを流す企業も増えている。
また車両の外側から車内の全掲載場所、
吊革にまで広告を出し、電車をまるごと
ジャックするADトレインというのもある。

広告の数に多少の差はあるが
JR、私鉄、地下鉄、みな同じようなものだ。
最近は私鉄からJR、そしてまた私鉄という具合に
長い距離を直通運転する列車も増えてきたことから、
時にはまったくエリア外の広告に出くわすこともある。
奈良で滋賀あたりの広告を見せられるようなものだ。
普段行くことのない地域の宣伝を見るのも面白いが、
PR効果を考えると、これでいいのか?と思ってしまう。
地方に行くと電車の広告は少なくなる。
乗客数と企業数を考えれば当り前だが、
関西の私鉄はもっと広告があっていいと思う。
特に大阪、京都、奈良、名古屋、伊勢を結ぶ近鉄などは、
なんでこんなに広告が少ないのか首を傾げる。
賑やかに見えて、近鉄グループの広告ばかりが
目立っている気がする。(私が帰省したとき、たまたまなのか?)
乗客数を考えれば、広告媒体としての価値は十分あると思うが、
近鉄の方針なのか?なぜ広告が少ないのか、
誰か知っていたら教えてほしい。

昔、奈良の同級生が出張で上京してきたとき、
東京はあちこちにクレーンが見えて
景気がいいと分かる、と言った。
なるほど、そんな景気の判断方法もあるのだと感心した。
私は広告に関連する業界に、
長らく籍を置いていることもあり、
広告が少ないと、どうしても
景気が悪いという印象を受けてしまう。
(私の利用する小田急線は
最近広告の空きスペースが目立ってきた)
景気は人の気持ちに左右されるから、
目に見えて活気があるということは
とても大事だと思う。もし景気がよくないなら、
関西の広告界は、空いている広告スペースを
格安に放出し、もっと賑やかにしてみてはどうだろう。
帰宅途中、網棚の上を見ながらそんなことを考えた。
網棚の上の車額広告、ドア横広告、ドアステッカーなど、
色々な場所に多種多様な宣伝文句が並んでいる。
ドアの上にモニタがついた車両も増えてきて、
TVと同じCMを流す企業も増えている。
また車両の外側から車内の全掲載場所、
吊革にまで広告を出し、電車をまるごと
ジャックするADトレインというのもある。

広告の数に多少の差はあるが
JR、私鉄、地下鉄、みな同じようなものだ。
最近は私鉄からJR、そしてまた私鉄という具合に
長い距離を直通運転する列車も増えてきたことから、
時にはまったくエリア外の広告に出くわすこともある。
奈良で滋賀あたりの広告を見せられるようなものだ。
普段行くことのない地域の宣伝を見るのも面白いが、
PR効果を考えると、これでいいのか?と思ってしまう。
地方に行くと電車の広告は少なくなる。
乗客数と企業数を考えれば当り前だが、
関西の私鉄はもっと広告があっていいと思う。
特に大阪、京都、奈良、名古屋、伊勢を結ぶ近鉄などは、
なんでこんなに広告が少ないのか首を傾げる。
賑やかに見えて、近鉄グループの広告ばかりが
目立っている気がする。(私が帰省したとき、たまたまなのか?)
乗客数を考えれば、広告媒体としての価値は十分あると思うが、
近鉄の方針なのか?なぜ広告が少ないのか、
誰か知っていたら教えてほしい。

昔、奈良の同級生が出張で上京してきたとき、
東京はあちこちにクレーンが見えて
景気がいいと分かる、と言った。
なるほど、そんな景気の判断方法もあるのだと感心した。
私は広告に関連する業界に、
長らく籍を置いていることもあり、
広告が少ないと、どうしても
景気が悪いという印象を受けてしまう。
(私の利用する小田急線は
最近広告の空きスペースが目立ってきた)
景気は人の気持ちに左右されるから、
目に見えて活気があるということは
とても大事だと思う。もし景気がよくないなら、
関西の広告界は、空いている広告スペースを
格安に放出し、もっと賑やかにしてみてはどうだろう。
帰宅途中、網棚の上を見ながらそんなことを考えた。
東京人は冷たい?
2010年08月30日
高円寺の阿波踊り2日目を楽しんだ。
初めての見物だったが、2日間にわたって
最前列の御座の上で迫力ある踊りを堪能することができた。
良いポジションを確保できたのは、
たまたま声をかけてくれたおじさんのおかげだ。
その人は祭りのメインストリート沿いに
お住まいだそうで、毎年一定の場所を確保し、
高齢者と小さな子供連れに声をかけ、
最前列に座れるようにしているらしい。
1日に何十万人も見物客が来る祭りで、
右も左も分からない初心者の親子連れに
「座るところ、ある?」と声をかけ、
座れるようにしてくれるのだ。
ビールを片手にうろうろして、半分は酔っぱらっているが、
聞けばボランティアでやっているらしく、
とてもありがたい人だ。

そんな人がいたからというわけではないが、
最近、東京は親切な人が多いと思うようになった。
関西を含め地方では、「東京の人は冷たい」なんて
言う人がいるが、決してそんなことはない。
正直に言えば、公共の場では、
関西よりこっちの方が、親切な人が多い気もする。
子連れで電車に乗っていても、
こっちの方が確実に席を譲ってもらえたり、
声をかけてくれる。関西人の名誉のために言えば、
決して関西人が冷たいわけではないが、
年々他人に無関心な人が増えている気がする。
(これは東京にいる何人かの奈良県人も同意見)

今年の阿波踊り見物もあと少しだ。
毎日の猛暑には辟易しているが、
大きな祭りがひとつ終わると、
夏の終わりがぐっと近づいた気がして、
ちょっとさみしくもある。
人の情に触れたせいもあるだろう。
そんな夜である。
初めての見物だったが、2日間にわたって
最前列の御座の上で迫力ある踊りを堪能することができた。
良いポジションを確保できたのは、
たまたま声をかけてくれたおじさんのおかげだ。
その人は祭りのメインストリート沿いに
お住まいだそうで、毎年一定の場所を確保し、
高齢者と小さな子供連れに声をかけ、
最前列に座れるようにしているらしい。
1日に何十万人も見物客が来る祭りで、
右も左も分からない初心者の親子連れに
「座るところ、ある?」と声をかけ、
座れるようにしてくれるのだ。
ビールを片手にうろうろして、半分は酔っぱらっているが、
聞けばボランティアでやっているらしく、
とてもありがたい人だ。
そんな人がいたからというわけではないが、
最近、東京は親切な人が多いと思うようになった。
関西を含め地方では、「東京の人は冷たい」なんて
言う人がいるが、決してそんなことはない。
正直に言えば、公共の場では、
関西よりこっちの方が、親切な人が多い気もする。
子連れで電車に乗っていても、
こっちの方が確実に席を譲ってもらえたり、
声をかけてくれる。関西人の名誉のために言えば、
決して関西人が冷たいわけではないが、
年々他人に無関心な人が増えている気がする。
(これは東京にいる何人かの奈良県人も同意見)
今年の阿波踊り見物もあと少しだ。
毎日の猛暑には辟易しているが、
大きな祭りがひとつ終わると、
夏の終わりがぐっと近づいた気がして、
ちょっとさみしくもある。
人の情に触れたせいもあるだろう。
そんな夜である。
祭りに憧れて
2010年08月29日
今日は東京・高円寺の阿波踊りを家族で見に行った。
本家・徳島に続く規模で見物客は2日間で120万にも上るらしく、
なんと隅田川の花火より人出が多いらしい。
高円寺は初めての見物だが、阿波踊りの見物歴は8年にもなる。
以前住んでいた神奈川・相模原でも、
やはり阿波踊りが夏の風物詩になっていて、
何となく見物しているうちに、すっかり心奪われてしまった。

奈良には派手な祭りがなかった。
今はバサラ祭りというのがあるらしいが、
私が住んでいた頃は、大きな祭りといえは、
春日若宮おん祭か、猿沢池の盆踊りか、采女祭りだった。
おん祭りは千年続く、奈良が世界に誇る祭りではあるが、
子供だけに神事についてあまり知らなかったし、
大名行列も盛り上がるという類のものではなかった。
盆踊りも、采女祭りも人は集まるが、
みんなで盛り上がる一体感のある祭りとは言い難い。
それだけに子供心に東京の下町で行われるような
熱い庶民的な祭りがないことに少し寂しい気がしていた。

阿波踊りはカッコいい。実際に見るまでは、
「踊る阿呆に、見る阿呆、えらやっちゃ、えらやっちゃ」という
どちらかと言えば野暮ったいイメージだったが、
実際はもっと洗練されている。
連(団体のこと)それぞれに個性があり、
激しい鳴り物(太鼓・笛など)と勇壮な男踊りで圧倒する連もあれば、
艶っぽい女踊りが魅力的な連もある。
色取り取りの着物を見るのも楽しく、
そのうち、お気に入りの連ができるようになると、
阿波踊りフリークの仲間入りだ。
今年は、相模原(東林間)、経堂(世田谷)、
下北沢(世田谷)、高円寺(杉並)と
すでに4か所の阿波踊りを見物し、9月にも予定している。
妻も娘も大好きで、もうじき2歳の娘は、
「やっとさー、やっと、やっとー」という
掛け声を真似るようになった。

明日は高円寺2日目。
いやはや、もう病みつきだ。
我が家の夏は阿波踊りで盛り上がるのだ。
東京高円寺阿波おどり 公式HP
本家・徳島に続く規模で見物客は2日間で120万にも上るらしく、
なんと隅田川の花火より人出が多いらしい。
高円寺は初めての見物だが、阿波踊りの見物歴は8年にもなる。
以前住んでいた神奈川・相模原でも、
やはり阿波踊りが夏の風物詩になっていて、
何となく見物しているうちに、すっかり心奪われてしまった。
奈良には派手な祭りがなかった。
今はバサラ祭りというのがあるらしいが、
私が住んでいた頃は、大きな祭りといえは、
春日若宮おん祭か、猿沢池の盆踊りか、采女祭りだった。
おん祭りは千年続く、奈良が世界に誇る祭りではあるが、
子供だけに神事についてあまり知らなかったし、
大名行列も盛り上がるという類のものではなかった。
盆踊りも、采女祭りも人は集まるが、
みんなで盛り上がる一体感のある祭りとは言い難い。
それだけに子供心に東京の下町で行われるような
熱い庶民的な祭りがないことに少し寂しい気がしていた。
阿波踊りはカッコいい。実際に見るまでは、
「踊る阿呆に、見る阿呆、えらやっちゃ、えらやっちゃ」という
どちらかと言えば野暮ったいイメージだったが、
実際はもっと洗練されている。
連(団体のこと)それぞれに個性があり、
激しい鳴り物(太鼓・笛など)と勇壮な男踊りで圧倒する連もあれば、
艶っぽい女踊りが魅力的な連もある。
色取り取りの着物を見るのも楽しく、
そのうち、お気に入りの連ができるようになると、
阿波踊りフリークの仲間入りだ。
今年は、相模原(東林間)、経堂(世田谷)、
下北沢(世田谷)、高円寺(杉並)と
すでに4か所の阿波踊りを見物し、9月にも予定している。
妻も娘も大好きで、もうじき2歳の娘は、
「やっとさー、やっと、やっとー」という
掛け声を真似るようになった。
明日は高円寺2日目。
いやはや、もう病みつきだ。
我が家の夏は阿波踊りで盛り上がるのだ。
東京高円寺阿波おどり 公式HP
語り続けている話
2010年08月28日
昨日会社の業務でツイッターをしていると、
TBSでやっている番組が怖すぎるという
ツイートがたくさん流れたので、
仕事中ではあったがワンセグでチェックしてみた。
「笑撃!ワンフレーズ」というバラエティの中で、
いくつかの恐怖体験ドラマが映し出されていた。
観はじめて暫く……こ、怖い!
話の内容はもちろん、俳優さんの演技が強烈で
携帯の小さな画面でも思わず身震いする出来映えだった。
あれは……やりすぎである。
怪談や超常現象の類いは半分くだらないと思いつつも
やっぱり観てしまう。好きなのだ。
幸い40年以上生きてきて、
テレビのような怖い体験には遭わずにすんでいるが、
小学生の頃に一度だけ不思議な体験をしている。

実家からバス停ひとつ戻った大安寺という場所に
奈良交通のバスの車庫があった。
子供の頃、私はバスが大好きで、
将来はバスの運転手になりたいと
小学校2年生の文集に将来の夢を描いた。
そんな子供だったから車庫は格好の遊び場だったのである。
今から思えば危険極まりないのだが、
一人で車庫に潜り込み、並んでいるバスを眺めたり、
バスとバスの間をすり抜けたりして遊んでいたのだ。
記憶にある風景の印象から、
それは夏だったと思うが、
ある日、白いつなぎの作業服を着た男性が
バスの傍らにしゃがんでいて、
白い歯を見せながら、私に優しくこう言った。
「雅之(私の名前)、こんなところで遊んで危ないぞ」と。
私は別に驚くこともなく、
ただ素直に「うん」と頷き、家に帰った。
日焼けした顔が大阪に住む叔父に似ていたので、
最初は叔父に注意されたのかと考えた。
しかし叔父は工場を営んでいた。
バスの車庫で働いている話など聞いたことがなく、
家で母親に話してみたが、
「なんかの勘違いやろ」と、気にもとめられなかった。

薄気味悪いとか、怖かったとか、
そんな印象はなかったのだが、
それから車庫にはあまり行かなくなった。
もう30年以上昔の話であるから、
今となっては本当にあったことなのか自信がない。
ただ、頭の中に強く残っていて、
時折、誰かに語り続けてきた話である。
当時の大安寺車庫と奈良交通のバスが映っている
ブログを発見したのでリンクさせていただいた。
ご興味のある方はどうぞ。
■バス三昧
http://busmania.exblog.jp/10619890/
TBSでやっている番組が怖すぎるという
ツイートがたくさん流れたので、
仕事中ではあったがワンセグでチェックしてみた。
「笑撃!ワンフレーズ」というバラエティの中で、
いくつかの恐怖体験ドラマが映し出されていた。
観はじめて暫く……こ、怖い!
話の内容はもちろん、俳優さんの演技が強烈で
携帯の小さな画面でも思わず身震いする出来映えだった。
あれは……やりすぎである。
怪談や超常現象の類いは半分くだらないと思いつつも
やっぱり観てしまう。好きなのだ。
幸い40年以上生きてきて、
テレビのような怖い体験には遭わずにすんでいるが、
小学生の頃に一度だけ不思議な体験をしている。

実家からバス停ひとつ戻った大安寺という場所に
奈良交通のバスの車庫があった。
子供の頃、私はバスが大好きで、
将来はバスの運転手になりたいと
小学校2年生の文集に将来の夢を描いた。
そんな子供だったから車庫は格好の遊び場だったのである。
今から思えば危険極まりないのだが、
一人で車庫に潜り込み、並んでいるバスを眺めたり、
バスとバスの間をすり抜けたりして遊んでいたのだ。
記憶にある風景の印象から、
それは夏だったと思うが、
ある日、白いつなぎの作業服を着た男性が
バスの傍らにしゃがんでいて、
白い歯を見せながら、私に優しくこう言った。
「雅之(私の名前)、こんなところで遊んで危ないぞ」と。
私は別に驚くこともなく、
ただ素直に「うん」と頷き、家に帰った。
日焼けした顔が大阪に住む叔父に似ていたので、
最初は叔父に注意されたのかと考えた。
しかし叔父は工場を営んでいた。
バスの車庫で働いている話など聞いたことがなく、
家で母親に話してみたが、
「なんかの勘違いやろ」と、気にもとめられなかった。

薄気味悪いとか、怖かったとか、
そんな印象はなかったのだが、
それから車庫にはあまり行かなくなった。
もう30年以上昔の話であるから、
今となっては本当にあったことなのか自信がない。
ただ、頭の中に強く残っていて、
時折、誰かに語り続けてきた話である。
当時の大安寺車庫と奈良交通のバスが映っている
ブログを発見したのでリンクさせていただいた。
ご興味のある方はどうぞ。
■バス三昧
http://busmania.exblog.jp/10619890/
街を記憶していくこと
2010年08月27日
先日帰省した折りに三条通りの映画館が
1月に閉館したと聞いた。
行ってみると、なるほど営業をやめている。
県庁所在地であるのに映画館がないのは
どうしたものかと思いきや、
郊外の高の原には映画館ができているという。
一年に一度の帰省では奈良のような
のんびりしたところでも常に浦島状態だ。

子供の頃、奈良駅界隈には映画館が
4つあったのを記憶している。
三条通り沿いに東宝(友楽)、奈良東映、
東向商店街のマクドナルドの地下に松竹(観光会館)、
猿沢池の先(サンルートのところ?)に
尾花劇場だったかディズニー映画を上映する映画館があった。
中学生の頃、学校の行事で映画を観るというのがあった。
東宝の映画館だったと思うが、なぜか日活のポルノも上映していて、
その日に限って大きな絵の看板を白い布で隠していたのを覚えている。
そんなことを思いだしていると、
子供の頃の奈良駅界隈の記憶がぼんやり浮かんできた。
確か東宝の映画館の下には大きな本屋があった。南都書林だったか。
VIVREはニチイだった。屋上には観覧車があった。
南都銀行、マクドナルド、びっくりうどん、
ぜいたく豆などは昔のままだ。
小西通りの出口はレコード屋だったし、
釜めし志津香は小西通の南の方だった。
隣には回転焼の夫婦饅頭があった。
東向の天平旅館は薄暗くて子供心に怖かった。
確か100円ショップのダイソーは
ファッションビルだったか。
その2階に喫茶店かレストランがあって、
おん祭りの後にクラスメート数人でご飯を食べた気がする。
インベーダーゲームが流行した頃は
ゲームセンターもあった。
そもそも東向に屋根はあっただろうか。
あっ、JR奈良のダイエーの最上階には
道産子ラーメンがあった……などなど。

しかし、その程度しか思い出せない。
その近辺で写真を撮ったわけでもないから
どんどん正確なことを忘れてしまっている。
写真家の入江泰吉先生がご存命なら、
定点観測で奈良の街並みも残していたに違いない。
1300年前の都を復活させるのもいいが、
行政には、庶民の暮らしの歴史、
街の記憶を何処かに残しておいてほしいものだと思う。
1月に閉館したと聞いた。
行ってみると、なるほど営業をやめている。
県庁所在地であるのに映画館がないのは
どうしたものかと思いきや、
郊外の高の原には映画館ができているという。
一年に一度の帰省では奈良のような
のんびりしたところでも常に浦島状態だ。
子供の頃、奈良駅界隈には映画館が
4つあったのを記憶している。
三条通り沿いに東宝(友楽)、奈良東映、
東向商店街のマクドナルドの地下に松竹(観光会館)、
猿沢池の先(サンルートのところ?)に
尾花劇場だったかディズニー映画を上映する映画館があった。
中学生の頃、学校の行事で映画を観るというのがあった。
東宝の映画館だったと思うが、なぜか日活のポルノも上映していて、
その日に限って大きな絵の看板を白い布で隠していたのを覚えている。
そんなことを思いだしていると、
子供の頃の奈良駅界隈の記憶がぼんやり浮かんできた。
確か東宝の映画館の下には大きな本屋があった。南都書林だったか。
VIVREはニチイだった。屋上には観覧車があった。
南都銀行、マクドナルド、びっくりうどん、
ぜいたく豆などは昔のままだ。
小西通りの出口はレコード屋だったし、
釜めし志津香は小西通の南の方だった。
隣には回転焼の夫婦饅頭があった。
東向の天平旅館は薄暗くて子供心に怖かった。
確か100円ショップのダイソーは
ファッションビルだったか。
その2階に喫茶店かレストランがあって、
おん祭りの後にクラスメート数人でご飯を食べた気がする。
インベーダーゲームが流行した頃は
ゲームセンターもあった。
そもそも東向に屋根はあっただろうか。
あっ、JR奈良のダイエーの最上階には
道産子ラーメンがあった……などなど。
しかし、その程度しか思い出せない。
その近辺で写真を撮ったわけでもないから
どんどん正確なことを忘れてしまっている。
写真家の入江泰吉先生がご存命なら、
定点観測で奈良の街並みも残していたに違いない。
1300年前の都を復活させるのもいいが、
行政には、庶民の暮らしの歴史、
街の記憶を何処かに残しておいてほしいものだと思う。
賢治のレリーフ
2010年08月26日
大学生の頃、部活で日本拳法という格闘技をしていた。
試合の前日には、心を落ち着かせ、勝利への執念を不動にするために、
ある喫茶店に行って珈琲を飲むようにしていた……。
これまで妻を含めて何人かの人に話した
若き日のエピソードだ。
しかし、最近になって実際のところは
どうだったのかと思うようになった。
20年ほど前の話である。確かに試合の前日に行ったような記憶はあるが、
喫茶店で本当に精神統一のような真似事をしていたのかと。。。

静かで目立たない店だった。
まだ営業している店であるから正確な場所は書かないが、
カウンターとテーブル席が少し、BGMもなく、
時計の振り子の音だけがあるといった店だった。
店内の奥の壁に、木製のレリーフがあった。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が全文彫り込まれていて、
珈琲をすすりながら、それを黙読していた。
おそらく精神統一のイメージは、そこから来ているのだろう。
そもそも店を訪れたきっかけは母親だった。
あそこは珈琲通が好む店だと聞かされたのだ。
細長く薄暗い店内では、
珈琲だけでなくチョコレートケーキも注文した。
たぶん自家製などではなく、
冷やして固めたようなケーキだった気がする。
店主がカウンターの向こうで煙草をふかし、
初老の常連らしき男性が新聞を読みながら
「奈良も変わったな」と呟いていた。
バブルが頂点に達しようとしていた頃だ。

精神統一の成果は特になかった。
前日にそこで珈琲を飲んでも、
勝つときは勝ち、負けるときは負けた。
珈琲の味は分からなかったが、
その「雨ニモマケズ」のレリーフだけが心に残った。
上京して何年かして帰省したとき、
店は改装されていた。
時間が止まっていた穴蔵のような店は、
光が差し込む洒落た店へと変わっていた。
無口だった店主までが、
陽気で愛想のよいマスターに変身していた。
会計の際に、ふとレリーフのことを尋ねてみた。
「ああ、そんなのありましたね」と
執着もない感じだったので、
いらないなら欲しいと頼んでみた。
「いやあ、あげるわけにはいきませんよ」
そう答える、笑ったような、怒ったような顔は、
昔の店主のようでもあった。
試合の前日には、心を落ち着かせ、勝利への執念を不動にするために、
ある喫茶店に行って珈琲を飲むようにしていた……。
これまで妻を含めて何人かの人に話した
若き日のエピソードだ。
しかし、最近になって実際のところは
どうだったのかと思うようになった。
20年ほど前の話である。確かに試合の前日に行ったような記憶はあるが、
喫茶店で本当に精神統一のような真似事をしていたのかと。。。
静かで目立たない店だった。
まだ営業している店であるから正確な場所は書かないが、
カウンターとテーブル席が少し、BGMもなく、
時計の振り子の音だけがあるといった店だった。
店内の奥の壁に、木製のレリーフがあった。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が全文彫り込まれていて、
珈琲をすすりながら、それを黙読していた。
おそらく精神統一のイメージは、そこから来ているのだろう。
そもそも店を訪れたきっかけは母親だった。
あそこは珈琲通が好む店だと聞かされたのだ。
細長く薄暗い店内では、
珈琲だけでなくチョコレートケーキも注文した。
たぶん自家製などではなく、
冷やして固めたようなケーキだった気がする。
店主がカウンターの向こうで煙草をふかし、
初老の常連らしき男性が新聞を読みながら
「奈良も変わったな」と呟いていた。
バブルが頂点に達しようとしていた頃だ。
精神統一の成果は特になかった。
前日にそこで珈琲を飲んでも、
勝つときは勝ち、負けるときは負けた。
珈琲の味は分からなかったが、
その「雨ニモマケズ」のレリーフだけが心に残った。
上京して何年かして帰省したとき、
店は改装されていた。
時間が止まっていた穴蔵のような店は、
光が差し込む洒落た店へと変わっていた。
無口だった店主までが、
陽気で愛想のよいマスターに変身していた。
会計の際に、ふとレリーフのことを尋ねてみた。
「ああ、そんなのありましたね」と
執着もない感じだったので、
いらないなら欲しいと頼んでみた。
「いやあ、あげるわけにはいきませんよ」
そう答える、笑ったような、怒ったような顔は、
昔の店主のようでもあった。
余所で暮らす特権
2010年08月25日
御盆は久々に故郷に帰省した。
昨年のGWから帰っていなかったし、
今年は1300年祭である。行かない手はない。
帰省といっても妻子も連れてだから
観光旅行も兼ねることになる。
暮らしていた頃は足を向けなかった
名所・旧跡に気の向くままに赴く。
奈良は見所が多く飽きることはない。
記憶の底に眠っていた、
子供の頃に見た風景が蘇ってきたり、
知らなかった小路やお店に出会えたりと、
なかなか楽しい。
東京という日々変化する街に
暮らしているからこそ、
奈良の良さが心に沁みいるのかもしれない。
ただ、今年の夏に限っては、
盆地ゆえのミストサウナのような
蒸し暑さは尋常ではなかったが。
横浜生まれの妻など、ほんとぐったりしていた。

東京に戻る日には、
いつも猿沢池から少し三条通りを戻った
「三楽洞」さんで土産を買う。
ここでは主に勤め先へのお菓子などを買うのだが、
最近は我が家にもひとつと、
地元で暮らしているなら
決して味わうことのない菓子を買って帰る。
今回買ったのは、横田福栄堂さんの
「手づくり みそせんべい」。

以前買って帰った際に妻が気にいって
今回も、ということになった。
会社には鹿の顔のかたちになっている
饅頭を買って帰った。かわいい、美味しいと評判だった。
思えば、三笠饅頭も、柿の葉寿司も、
葛もちも、奈良漬も、吉野の梅酒も
東京に暮らすようになってから、
楽しむようになった。
近すぎると見えないものも、
遠く離れるとよく見えるものである。
奈良名産品、地元の人にもおすすめしたい。
三楽洞
http://www.sanrakudo.co.jp/index2.html
昨年のGWから帰っていなかったし、
今年は1300年祭である。行かない手はない。
帰省といっても妻子も連れてだから
観光旅行も兼ねることになる。
暮らしていた頃は足を向けなかった
名所・旧跡に気の向くままに赴く。
奈良は見所が多く飽きることはない。
記憶の底に眠っていた、
子供の頃に見た風景が蘇ってきたり、
知らなかった小路やお店に出会えたりと、
なかなか楽しい。
東京という日々変化する街に
暮らしているからこそ、
奈良の良さが心に沁みいるのかもしれない。
ただ、今年の夏に限っては、
盆地ゆえのミストサウナのような
蒸し暑さは尋常ではなかったが。
横浜生まれの妻など、ほんとぐったりしていた。
東京に戻る日には、
いつも猿沢池から少し三条通りを戻った
「三楽洞」さんで土産を買う。
ここでは主に勤め先へのお菓子などを買うのだが、
最近は我が家にもひとつと、
地元で暮らしているなら
決して味わうことのない菓子を買って帰る。
今回買ったのは、横田福栄堂さんの
「手づくり みそせんべい」。
以前買って帰った際に妻が気にいって
今回も、ということになった。
会社には鹿の顔のかたちになっている
饅頭を買って帰った。かわいい、美味しいと評判だった。
思えば、三笠饅頭も、柿の葉寿司も、
葛もちも、奈良漬も、吉野の梅酒も
東京に暮らすようになってから、
楽しむようになった。
近すぎると見えないものも、
遠く離れるとよく見えるものである。
奈良名産品、地元の人にもおすすめしたい。
三楽洞
http://www.sanrakudo.co.jp/index2.html
喉のかゆみ
2010年08月24日
花粉症が今年から悪化した。
春の杉だけであったのが、御盆を過ぎても
くしゃみや目のかゆみなどの症状がおさまらない。
喉もかゆく、手をいれて掻くわけにもいかないので、
痰を掻きだすかのように、カーカーいっている。

花粉症は高校生のころに発症したのだと思っていたが、
喉のかゆみの記憶は、もっと幼いころにもあった。
叔父・叔母の家にいったとき、やはり喉がかゆくて
布団でカーカーいっていたのを、
叔父・叔母や従妹など周囲が心配するものだから、
ちょっと具合が悪いようなことを大仰に言って、
深夜に病院に連れていってもらった覚えがある。
医者に診てもらったが、
ちょっと腫れてるねえ、
くらいしか言わなかった気がする。
単に喉がかゆいだけなのだ。
そのあと随分バツが悪かったのを
今更ながら思い出した。
夜中にかまってほしかったわけでもないだろう。
かゆみが不快で、医者に行けば
なんとかなると思ったのかもしれないが、
バツが悪いと感じていたのだ。
自分でもそれほどの大事ではなかったに違いない。

なぜ深夜に叔父にクルマ出させてまで
病院に連れていかせたのか。
今となっては分からないが、
カーカーといいながら、周囲に甘えたり、
気を使ったりしていた。
小さい私は、小さいなりに、
一所懸命に生きていたのだなあ、
と思うのである。
春の杉だけであったのが、御盆を過ぎても
くしゃみや目のかゆみなどの症状がおさまらない。
喉もかゆく、手をいれて掻くわけにもいかないので、
痰を掻きだすかのように、カーカーいっている。
花粉症は高校生のころに発症したのだと思っていたが、
喉のかゆみの記憶は、もっと幼いころにもあった。
叔父・叔母の家にいったとき、やはり喉がかゆくて
布団でカーカーいっていたのを、
叔父・叔母や従妹など周囲が心配するものだから、
ちょっと具合が悪いようなことを大仰に言って、
深夜に病院に連れていってもらった覚えがある。
医者に診てもらったが、
ちょっと腫れてるねえ、
くらいしか言わなかった気がする。
単に喉がかゆいだけなのだ。
そのあと随分バツが悪かったのを
今更ながら思い出した。
夜中にかまってほしかったわけでもないだろう。
かゆみが不快で、医者に行けば
なんとかなると思ったのかもしれないが、
バツが悪いと感じていたのだ。
自分でもそれほどの大事ではなかったに違いない。
なぜ深夜に叔父にクルマ出させてまで
病院に連れていかせたのか。
今となっては分からないが、
カーカーといいながら、周囲に甘えたり、
気を使ったりしていた。
小さい私は、小さいなりに、
一所懸命に生きていたのだなあ、
と思うのである。
桜餅の教え
2010年05月06日
いつから桜餅がそんなに
好きになっていたのか記憶は定かじゃない。
ちなみにここでいう桜餅とは、
関西風つまり道明寺であり、
関東風の薄っぺらい餅を巻いたものは、
これまで数回ほどしか食べたことがないので、
好きとか嫌いとかの範疇にない。
昨年からハマっているツイッターで
つい先日、桜餅を自作すると宣言してしまった。
口がすべったというか、指がすべったというべきか、
「楽しみにしてます!」
なんて呟かれてしまっては、引くに引けない。
で、作ってみた桜餅。結果は上等。
食べた家族も喜んでくれた。
意外と簡単なので、自作はおすすめだ。

●作った、作った19個
先日図書館で論語の入門書を借りてきた。
特に理由はないのだが、
四十を超えたのだから、
論語のひとつふたつくらいは
頭に入れておいたら、
ひょっとすると何かの役に
立つのではないかと思ったからだ。
そんなことを考えるのは、
四十にして惑わずどころか、
迷いっぱなしの毎日に起因している。
何かせずにはいられない。
先日ここに記した坐禅などもそのひとつであり、
ほかにも仏教の講義を聞きに行ったり、
禅の入門書を読んだりしている。
それを行うことで、
何かが打開する保証は何もないのだが。

●論語と禅。素人にもわかりやすい入門書
実はできたての自作桜餅はうまくなかった。
見た目はそれなりだったが、
道明寺粉が上手に蒸しあがらず、べちゃべちゃしてる上に、
砂糖の無駄な甘さが目立ち、これは失敗だと思った。
しかし、次の朝、食してみると、
味が馴染んだのか砂糖の嫌な甘さは感じなかった。
さらに冷蔵庫で冷やしたものを食べたとき、
結構いける味に変化していた。
昨夜の桜餅と今朝の桜餅、そして夕方の桜餅。
無心で作った季節外れの菓子は、偶然にも、
焦るなと自分に語りかけてくれている気がした。
何かをし続けることで、何かが変わる。
そう信じている。
好きになっていたのか記憶は定かじゃない。
ちなみにここでいう桜餅とは、
関西風つまり道明寺であり、
関東風の薄っぺらい餅を巻いたものは、
これまで数回ほどしか食べたことがないので、
好きとか嫌いとかの範疇にない。
昨年からハマっているツイッターで
つい先日、桜餅を自作すると宣言してしまった。
口がすべったというか、指がすべったというべきか、
「楽しみにしてます!」
なんて呟かれてしまっては、引くに引けない。
で、作ってみた桜餅。結果は上等。
食べた家族も喜んでくれた。
意外と簡単なので、自作はおすすめだ。
●作った、作った19個
先日図書館で論語の入門書を借りてきた。
特に理由はないのだが、
四十を超えたのだから、
論語のひとつふたつくらいは
頭に入れておいたら、
ひょっとすると何かの役に
立つのではないかと思ったからだ。
そんなことを考えるのは、
四十にして惑わずどころか、
迷いっぱなしの毎日に起因している。
何かせずにはいられない。
先日ここに記した坐禅などもそのひとつであり、
ほかにも仏教の講義を聞きに行ったり、
禅の入門書を読んだりしている。
それを行うことで、
何かが打開する保証は何もないのだが。
●論語と禅。素人にもわかりやすい入門書
実はできたての自作桜餅はうまくなかった。
見た目はそれなりだったが、
道明寺粉が上手に蒸しあがらず、べちゃべちゃしてる上に、
砂糖の無駄な甘さが目立ち、これは失敗だと思った。
しかし、次の朝、食してみると、
味が馴染んだのか砂糖の嫌な甘さは感じなかった。
さらに冷蔵庫で冷やしたものを食べたとき、
結構いける味に変化していた。
昨夜の桜餅と今朝の桜餅、そして夕方の桜餅。
無心で作った季節外れの菓子は、偶然にも、
焦るなと自分に語りかけてくれている気がした。
何かをし続けることで、何かが変わる。
そう信じている。
坐禅とツイッター
2010年04月05日
これまでブログは立ち上げては3日坊主で潰し、
過去に5つほど閉鎖している。
ちょっと仕事が忙しいとこれだ。
このブログも同じ運命を辿りかけている。
しかしツイッターでは毎日のようにつぶやいている。
140字しか書けないし、つぶやいてしまったら、
あっという間にフォロワーに流れるし、
間違っていても削除も面倒なので、気にしない。
だから長続きしている。
140字しか書けない。じっくり読まれない。
そこがツイッターの画期的なところだ。うん。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
話変わって、最近、坐禅を始めた。
ひと駅行ったところの曹洞宗のお寺が、
有料ではあるが、毎週土曜日に
一般人にも坐禅を組ませてくれる。
毎回40分×2回行うのだが、
心を無にするなんて、
素人には当然できるものではない。
雑念を追い払うことと、
慣れない結跏趺坐の痛みに耐えるだけで、
時間は過ぎていく。
昨日は風邪気味だったこともあり、
寺に行って咳でもすると
周囲の迷惑になると思い、自宅で瞑想した。
奈良町の寧屋工房で買った
「燈火器」に火を灯し、
奈良博物館で買ったお香「天平のさくら」を焚いて、
クラシックを流して40分行った。
坐禅はどこでもできる修行で、とてもいい。
このような自宅で坐禅を行う修行者を
アメリカでは「ナイトスタンド・ブディスト」
というらしい。

●寧屋工房の「燈火器」。蝋燭の灯が揺れて、幽玄の世界に。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
坐禅を始めたきっかけは、
少しざわついている自分自身の心を鎮め、
まっすぐ生きるための精神力を得たいと思ったからだ。
たまたま縁あって読み始めた、
南直哉師の著書にも影響されている。
東京・赤坂で月に1回開かれている
直哉師の仏教講義にも顔を出すようになり、
すっかり仏教がマイブームだ。

●南直哉師と脳科学者・茂木先生との対談本。おもしろいよ。
精神力を高めたいと思っている自分だが、
先にも書いたように、日々携帯を片手に、
思いついたことや、人の書いたことに対して、
半ば撒き散らすように、つぶやきを繰り返している。
それって、煩悩に似てはいないか。。。
坐禅とツイッターは、間逆かもしれないな。
そんなことを考えながら、
またつぶやき、また瞑想する。
人生とはこのようなものなのかもしれない。

●意味もなく、小田原の海
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
GWまでには一度帰省すると、
母にはそう言ったのだが、
仕事が忙しくなかなか叶いそうにない。
遠い故郷で、母は一人で
何をつぶやいているだろうか。
ちなみにツイッターでは「writer_ym」で」つぶやいとります。
ご興味のある方はフォローよろしく願います。
過去に5つほど閉鎖している。
ちょっと仕事が忙しいとこれだ。
このブログも同じ運命を辿りかけている。
しかしツイッターでは毎日のようにつぶやいている。
140字しか書けないし、つぶやいてしまったら、
あっという間にフォロワーに流れるし、
間違っていても削除も面倒なので、気にしない。
だから長続きしている。
140字しか書けない。じっくり読まれない。
そこがツイッターの画期的なところだ。うん。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
話変わって、最近、坐禅を始めた。
ひと駅行ったところの曹洞宗のお寺が、
有料ではあるが、毎週土曜日に
一般人にも坐禅を組ませてくれる。
毎回40分×2回行うのだが、
心を無にするなんて、
素人には当然できるものではない。
雑念を追い払うことと、
慣れない結跏趺坐の痛みに耐えるだけで、
時間は過ぎていく。
昨日は風邪気味だったこともあり、
寺に行って咳でもすると
周囲の迷惑になると思い、自宅で瞑想した。
奈良町の寧屋工房で買った
「燈火器」に火を灯し、
奈良博物館で買ったお香「天平のさくら」を焚いて、
クラシックを流して40分行った。
坐禅はどこでもできる修行で、とてもいい。
このような自宅で坐禅を行う修行者を
アメリカでは「ナイトスタンド・ブディスト」
というらしい。
●寧屋工房の「燈火器」。蝋燭の灯が揺れて、幽玄の世界に。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
坐禅を始めたきっかけは、
少しざわついている自分自身の心を鎮め、
まっすぐ生きるための精神力を得たいと思ったからだ。
たまたま縁あって読み始めた、
南直哉師の著書にも影響されている。
東京・赤坂で月に1回開かれている
直哉師の仏教講義にも顔を出すようになり、
すっかり仏教がマイブームだ。
●南直哉師と脳科学者・茂木先生との対談本。おもしろいよ。
精神力を高めたいと思っている自分だが、
先にも書いたように、日々携帯を片手に、
思いついたことや、人の書いたことに対して、
半ば撒き散らすように、つぶやきを繰り返している。
それって、煩悩に似てはいないか。。。
坐禅とツイッターは、間逆かもしれないな。
そんなことを考えながら、
またつぶやき、また瞑想する。
人生とはこのようなものなのかもしれない。
●意味もなく、小田原の海
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
GWまでには一度帰省すると、
母にはそう言ったのだが、
仕事が忙しくなかなか叶いそうにない。
遠い故郷で、母は一人で
何をつぶやいているだろうか。
ちなみにツイッターでは「writer_ym」で」つぶやいとります。
ご興味のある方はフォローよろしく願います。
